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パワーストーンは本当にパワーがあるのか

ヒスイ海岸に石探しに行ってから石に凝っています

GW中、ヒスイ海岸に行ってからというもの、石に凝っています。高校時代に地学に関しほんの少し勉強したような気がしたのですが、その時はつまらないものにしか思えませんでした。私が高校生の頃は物理、化学が主流でして、高校生になってまで生物、地学が好きというのはよほどの変わり者と思われていました。今もテストのために地学を勉強しなければならない、といわれるとうんざりするのですが、興味のあることを深く知りたい、という知識欲という観点では地学を勉強してみたくなります。

ヒスイ海岸で石を拾った後、フォッサマグナミュージアムで鑑定してもらったのですが、宝石といわれるような石であっても簡単に見つかることがわかりました。考えてみれば百均で宝石の発掘セットがあったり、科学博物館に珍しい石のガチャガチャがあったりするのですから、石というのはそれほど珍しいものではないのかもしれません。

地球と岩石と化石

富山のパワーストーン販売店

昔、パワーストーンがブームだった頃、少しだけ石に凝ったことがあります。以前総曲輪通りの裏側に石ころを販売しているお店があったのですが、300円ぐらいで売られている石を数個と、勾玉を買いました。懐かしくなって先日、そのお店を尋ねてみたのですが見当たりません。同じテナントビルに入っている古本屋の店主に尋ねてみたところ、ずいぶん前に店を畳んだ、と言われました。

その時から石を持っているだけでご利益がある、というのが不思議でなりませんでした。石によって効果が違う、というのも納得できませんでした。ただ、「鰯の頭も信心から」という言葉通り、信じたら効果があるような気になるのかもしれません。

例えば。朝のTV占いコーナーなどで「今日はいいことがある。」と書いてあったら、その日一日明るい気持ちになります。一日のうちでは、いいことも悪いことも起きるのですが、占いのことが頭にあるので、いいことだけが強く記憶に残り、占い通り、いい一日だった、と思えるようになってきます。これは脳の癖なのですが、益々占いを信じるようになるようになります。石好きってのもこういった感覚に似ているのかもしれません。

石に波動がある

ここからは自分にあった不思議体験です。300円で買った石を並べ、その石を触らずに手をかざしてみたら石の方からピリピリした感覚が出ているのがわかりました。

目をつぶって人差し指を自分の眉間に近づけたら、こそばゆい感覚がして気持ち悪くなるのですが、その感覚に似ています。石のピリピリ遊びをしているうちに、石によってピリピリ感が違うことがわかり、目をつぶって手をかざしただけで石を当てることができるようになりました。

私のような凡人でも当てることができるのですから、眉間のピリピリ感を感じることができるような人なら誰でも目をつぶって数種類の石を見分けるぐらいの能力は開発できるんじゃないかな、と思います。

石で能力が開化したのか、その後、数枚の顔写真を並べてその中から特定の人を当てることができるようになりました。今は能力を鍛えていないので、そういった感覚は鈍っているような気がするのですが、パワーストーンで練習すれば元のような能力は復元するんじゃないかなぁ〜、と思っています。

原始の人々が石を崇めたのは、昔の人もこういった感覚、波動を感じる能力が鋭くて、人に言われなくても畏れ多いものが肌感覚でわかったんだと思います。今はそういった肌感覚が鈍化してしまい、効能を聞いて石を買う、という感じになってしまったのだ、と思います。

パワーストーンを持っていたら幸せになれるのか?

パワーストーンを持っていると幸せになれるのか?これは先ほどの占いの議論と似ています。幸せになれる、と思い込めば、当然幸せになれるのです。金運が上げたいと思ったら、より高額の石を買った方がいいです。

というのも、高額であればあるほど信じ、石に頼る力は強くなり、その結果、妙な勇気がわいてくるからです。何か物事を成功させよう、と思った場合、後ろに頼るものがあることと、勘違いに近い勇気は必須なのですが、パワーストーンを持つことでこの二つを得ることができるならば、石に例え10万円支払っても安い買い物だと思います。

パワーストーンに敬意を払う

市販されているパワーストーンには、販促文句で使われているようなご利益面とは別に、私が感じたようなピリピリ感があります。目をつぶってもわかる感覚です。こういった感覚を感じさせてくれるものに敬意を払うこと。それがパワーストーンと付き合うときに大事なのです。

私の場合、パワーストーンから写真へと発展したピリピリ感ですが、その後、お寺や神社でも感じるようになりました。面白いのが、由緒正しい神社であってもピリピリ感が感じられないことがあったり、逆に道端のおじそうさんに感じたりするようになりました。その時の体調によるものなのかもしれませんが、ピリピリ感を感じたときは大体は心地よいので、その感覚に浸るようにしています。敬意と払う、というと、感謝の言葉を述べることなどのように思われるかもしれませんが、感覚を大切にする行為そのものが立派な敬意だと思います。

ピリピリ感だけで幸せになれないじゃないか! 売上が上がらないじゃないか! と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、そういった方は前に書いた通り、ご利益が書いてある高額のパワーストーンを買ったらいい、と思います。

生きている限り誰でも悩みは尽きないのですが、そういったものから逃げることなく冷静に対処するためには、まず生かされていることを感じなければなりません。ピリピリ感が自分のものになると、いろんなものに頼りながら生きているんだなぁ〜、というのがわかってくるようになります。例え生活が厳しくても、敬意を払えるようになれば、その結果、気持ちに余裕が出てきます。そこまでいかないと、パワーストーンが自分の味方にはなった、とはいえないのです。

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