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2012/04/15
不動心
松井 秀喜著
昨日、八尾図書館に行ってきたのですが、そこでたまたま見つけた本。活躍されていた時には、図書館の予約でいっぱいだったのですが、今や借りる人がいなくなってしまったことに関し、時代の流れを感じます。
本を読んで思ったことは、松井選手も人の子だ、ということ。私たちと同じように、腹が立ったり悔しかったりするようです。ただ、悔しさをバネにするところが凡人にはなかなかできないところ。
「腹がたったり不満がでてきたりするのは仕方ありません。思ってしまうのだから自分にも止められない。
でも口に出すか出さないかは自分で決められます。そこに一線を画した方が自分をコントロールできます。」
悔しさを「過去」ではなく「未来」に向ける。
最近、読んだ本では、今の若者は情報を流す能力に長けていると書いてありました。上の表現を借りていえば、悔しさを流す、といったことになるのですが、流し過ぎもよくない。「悔しい」というエネルギーを上手く切り替えること、これが進歩なのだ、と思いました。
著書の中ではピタゴラスの例えもありました。
「怒りは無謀をもって始まり後悔をもって終わる」
不動心とは、ゆらぎながらも同じ状態を保つ「動的平衡」と思います。
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2012/04/13
これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
マイケル・サンデル著
今朝も読み進めました。著書はいろいろな観点から正義についてアプローチしているのですが、カントからみた正義は難解。第5章のカントのところで離れた読者が多いと思います。
カントを知るためには非常に役立つのですが、カントの思想を正義に結びつけるのは難しい。著書もそこを配慮して、いろいろな例文を提示しているのですが、正直すっきりしませんでした。
さて最近、仕事の関係で調べものをする際、英語のホームページを参考にすることが多くなってきました。読んでいておもうのが、英語のシンプルなところ。日本語だったら詳しく説明するところを、英語の場合にはさらっと流してあります。「さらっ」の部分は文化の違いなのでしょうが、英文をなかなか理解できない。よくこんな簡単な文で理解できるなぁ〜、と感心します。
個人的には仕事で英語に触れていることもあり、マイケル・サンデル先生のこの本、英語でどんな風に表現されているのだろうか、と興味が沸き、Amazonで原書を見てみたらかなり多くのページを見ることができました。読んでみて思ったのが、日本語のわかりにくい部分を英語で読むと理解が深まること。翻訳が悪いのではなく、日本語は無駄が多い言語なのだ、と思います。
この本のタイトルはこんな感じ。
日本語:これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
英語:Justice: What’s the Right Thing to Do?
「正しいって何か教えて!」と、英語は直球でくるのです。
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2012/04/12
これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
マイケル・サンデル著
『これからの「正義」の話をしよう』を読み進めています。今日はカントまで。途中感想ではありますが、日本人がいかに村社会特有の共通の価値観に飼い馴らされているか、というのがよくわかります。
社会全体の幸福を最大化しよう、そのために税金をもらい弱者に渡そうと考えるのが功利主義的考えの正義、公務員は試験に受かったのだからお金をもらうのは当然、勉強しなかったやつが悪い、と考えるのが自由主義的考えの正義。そしてそれとは別に道徳的な正義ってのがあります。
ただ、道徳的正義につきましては、基準ってのがないのでわかりにくい。道徳という漠然とした概念を持ち出すと何でも正しくなってしまうからです。
東洋思想を学び、それを規範に行動していた自分としては、こういった考え方に刺激をうけます。東洋思想では「ごちゃごちゃ考えてもわからないことが考えるな!」が基本。それに対し、キリスト教の世界は、自分というのをしっかり持っています。キリスト教的世界観からみると、東洋人、特に日本人の行動ってのはいささか奇異に感じるかもしれません。
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2012/04/11
図書館でずっと予約待ちだった本がようやく回ってきました。
マイケル・サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』今朝、2章まで読み終えました。
さて、一口に「正義」といっても難しい。著書の冒頭では「一人殺せば、5人助かる状況があったとするならば、あなたはどうするか?」といった命題から始まります。この問い、具体的なイメージを思い浮かべた時、正直なところ、どちらを選んだらいいのかわかならくなります。
サンデル教授は、幸福の最大化、自由の尊重、美徳の促進の3つが、正義に対して異なる考え方をもっているのが混乱の原因といいます。
本から離れるのですが、東洋思想では「正義」に関し「美徳」を基準とする傾向が強いのではないか?と思います。特に日本人はその傾向が強い。幸福や自由を押し殺しても、美徳を優先させてしまい、前の2つを優先させる人を「ずる賢い」と決めつけてしまいがち。ベースに武士道があるのでしょう。
キリスト教ベースの「正義」を学ぶのは、そういった日本人の特性を分析する際に非常に参考になります。この後も著書を読み続けていきたい、と思います。

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2012/04/10
恋する原発
高橋 源一郎著
NHKラジオ、平日朝の番組が「すっぴん!」に変わりました。パーソナリティが毎日変わるのですが、先週金曜は、作家の高橋源一郎さん。トークに好感がもてたので、図書館で本を借りてきました。
原発後、すぐに出された小説で、中身はチャリティーAVをつくろう、というもの。性的描写が多く、よくもあのタイミングでこんな内容の本を出すことができたものだ、と驚きました。さらに驚くのが、そんな高橋さんをラジオのパーソナリティするNHK。NHKもやや開かれた局になりつつあるのかなぁ〜、と思います。
全体を読んでみて思うのが、チャリティーAVを作ろうという本筋の後ろに、強烈なメッセージがあるのが面白い。それも遠慮なしのメッセージです。高橋さんのメッセージを流し付和雷同で生きるのもヨシ、はたまた高橋さんのメッセージを過敏なまでに受け止めるのもヨシ。ただ、一ついえるのが、自分自身物事を観る際に物差しというものを持っているとするならば、器用に目盛りが変えられる方がいい、いや極論をいえば目盛りがない物差しを持つべきではないか?と思います。
主体性がないのか?と言われそうなのですが、主体性を持っていると思っている人に限って主体性がないもの。世の中とはそんな危ういものだ、と思います。
さて、読書の際に感想ノートを横に置き、気になった言葉をメモしながら読み進めるのですが、この本では1行のみ。
「科学技術をコントロールするのが不可能ではなく、人間の愚かしさをコントロールするのが不可能」
性的描写にページを先に急いだためか、ほとんどメモなしで終わってしまいました。
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