2009/07/05

よみがえる生命

中学、高校時代の友人に会ってきました。

事故で頸椎損傷し、現在は首から下は自分の意思で動かない状態が、20年以上も続いています。
5月に会ってきた際、同じように事故に遭いながらも精力的に活動された故向坊弘道氏の話が出ました。

向坊さんの本を中古ながら手に入れることができたので持参するのが今回の目的でした。

近況の報告をお互い話しました。また、彼が本を手に取って読めないため、私が以前読んで感動した部分を読み上げました。

友人は事故後、法華経の僧侶となっております。また向坊さんは浄土真宗を深く学ばれました。
彼からは二つの宗派の違いを、他の宗教の歴史を含め、教えていただきました。

その後、ヘルパーさんがいらっしゃったので、しばらく3人で軽い話をし退席いたしました。

彼と話していると、学生時代に気分が戻るのは不思議です。
会話も悲壮感など全くなく、逆に飲み物を飲ませてあげているヘルパーさんの姿を見て、「ああ、そういえば身体が動かないんだ。」と思い出す位です。

「事故を起こしたから宗教に走ったのでは」

「時間が余っているから宗教の勉強をしているのだろう」

と浅く考える方がいらっしゃるかもしれません。彼の動機も、最初は今ほど深いものではなかったかもしれません。

ただ彼と話していると、彼が深い部分に気付いている、いや更に深く知るよう努力しているような気がしてきました。

私たちは程度に違いこそあれ、常に四苦八苦といったものがつきまとっています。
彼の場合には、手足が動かないことで自殺することも許されない苦しみでした。(向坊さんも著書の中で書いています。)
ただその中で、何かをつかまれたのではないか、そのプロセスが事故であり、僧侶になるプロセスだったのではないか、そんな風に感じました。

彼が宗教について話してくれた中に「方便」について話がありました。
真理といったものは、誰も上手く説明できないと思います。ただ彼が遭った事故や、その後生きている姿は立派な「方便」ではないか、と思います。

私も上手く説明できずもどかしさを感じるのですが、彼も存在意義の少しをわかったような気がします。

向坊さんの著書の代表作は3冊あります。
今回差し上げたのが「よみがる生命(いのち)」。
他に「よみがえる人生」「甦る仏教」。
中古ながら発行部数が少ないため、やや高価なのですが、オークション等で資金ができたら、購入し持参することを約束してきました。

それまで私も与えられた四苦八苦の中で、何かをつかみ取り、より深い話をすることができれば、と考えています。

友人からは講演会の資料を預かりました。少し前、講演の依頼があり、自分の体験などを話されたそうです。
その内容は感想につきまして、追々この場で紹介したいと思っています。