長浜の旅
昨日、思いつきで琵琶湖のほとり、長浜まで行ってきました。思いつきゆえ、家を出たのが11時過ぎ。のんびりしていたら到着が2時半過ぎになってしまいました。
長浜は、秀吉が浅井攻めの後、はじめて城持ち大名となった地。地元の方もプライドがあるようです。
また、中山道と北陸道をつなぐ拠点であったことから、城下町のみならず宿場町として栄えた街と言われています。三連休ということでこの人手。

メインストリートは北国街道というのですが、武士が襲われそうになった時に隠れられるように、建物の壁の位置をずらしてあります。武者返しというそうなのです。町並みがきれいにそろっていないので、なんだか疲れました。

黒漆喰の建物が多く、観光地一帯を黒壁スクエアというそうです。北陸は湿気が多いため板壁が少なく、新鮮に感じました。
「うだつ」が上がらない、とよくいいますが、防火のための屋根を称していうそうです。写真真ん中にある小高い屋根のことで、これが上がることは財力を示すそうです。

安藤家屋敷、歴史を感じさせます。

高山も古い街並なのですが、ちょっと違う感じがしました。明治になっても交通の拠点だったため、歴史と共に街が発展したこと、浄土真宗に街が支えられてきたことが理由かもしれません。


お寺の装飾は富山では見かけないもの。街の片隅に江戸や昭和が混在しています。


ちなみに私の好きな工事現場のグッズ。富山ではカエルとサルのオブジェしか見たことがなかったのですが、こちらではトラもいました。

きんつばの店が繁盛していたので、ここで一休みしました。NHKでも取り上げれてたようで繁盛していました。ちなみに一個130円で、熱々ホクホクです。


浄土真宗のお寺、大通寺は山門が大きく圧倒されました。参道の脇は店が軒を連ねています。


最後はぐるっと街を回って、太閤秀吉を奉ってある「豊国神社」に行ってきました。

秀吉がなくなった後建立されたそうですが、徳川の世になり秀吉を祀ることが禁じられ、恵比寿様を祀っていたそうです。明治になり再び秀吉を祀ることに。
富山の神社と違い石段がありませんでした。湿気対策が不要のためでしょうか?また、軒の部分のRがユニーク、これも富山の神社にはない形です。地元の方が多く参拝に来ておられましたが、皆仏様を祈るように、静かに手を合わせておられました。この神社は二礼二拍手一礼をしないのかもしれません。

すぐ横に出世稲荷神社がありました。大きさは豊国神社と一緒。さらにその横にはちょっと小降りの天満宮。一カ所で3つの神様を参ることができます。

さて、いろんなところに出掛ける時、そちらの方々とお話するのが好きです。その地に住んでいる人そのものが文化を継承していると思っているからです。
長浜の方と話したのですが、どちらかといえば愛想が無い人が多いように見受けられました。お店で地理を聞いた時などは、何か買って行ったら教えてやる、といった態度。さすが近江商人の街、こういった割り切りは勉強になりました。