2010/01/17
最近の地方紙は、都会の記事をそのまま掲載して、紙面を埋めている傾向が強くあまり好きではありません。
ただ、今日の安藤忠雄さんの記事は、心が動かされました。
今まで安藤忠雄さんと言えば、コンクリート剥き出しのヤンチャな建築物を作る方だと決めつけていました。元ボクサー、学歴なし、ってのも、強引さとつながるのかもしれません。
そんな彼が、物質至上主義を批判する記事を書いているのには驚きました。そして、悩める現代人が歩むべき道、都会偏重主義から地方への復活に対するコメントを書かれていることに対し、彼の深さを感じました。
ただのヤンチャ坊主ではなかったのだ・・・。
自然と対峙しつづけた先に見えたのが、人間の愚かさではないか?それを彼が身を持って、体験し、屈服したのか?
おちぶれた平安の藤原氏を見ているようで、彼を見直してしまうコラムでした。

未分類
毎週、図書館まで行くのを楽しみとしているのですが、今日は天気も良かったので一眼レフを持って出掛けました。
途中雪の中に紅を見つけ、思わず足を止めてしまいました。

シャッターを覗き込んでいる時、世阿弥 風姿花伝の
秘すれば 花なり 秘せずば 花なるべからず
が頭をよぎりました。世阿弥の花とは、能の演技の感動を指しているのですが、「花」という言葉は一緒なのでその共通性を模索するのは楽しい。雪道で滑りそうになりながら歩く中、思考をめぐらしていました。
植物の花の素晴らしさは、決して自分から見てほしいとアピールするのではなく、美しさに気付いた者に、共感を与える点だと思います。
そこには、主体、客体などなく、両方が高め合う状態。能の世界で、離見の見といった言葉がありますが、花からその感覚を得られた時に美しさを越えた感動が得られるのだと思います。
世阿弥が書いた「花」の意味が、少しわかったような気がしました。
営業の手法