金融工学の友人と話す
昨晩、銀行時代に仲の良かった友人から電話が架かってきました。早稲田理工の大学院を出た彼は外資系へと華麗に転職、そしてこの度、行政セクションNo.2の内定が取れたとのことでした。
さて、世界を股にかけ金融工学を学んでいる彼と話している内にいくつかの疑問がわきました。彼に対するものではなく、世の中の不思議さに対する疑問です。
富山のような片田舎にいると現金商売ってのが当たり前のように感じるのですが、大都会で、さらに金融工学の最先端では、「信用」がベースとなっていること。そして「信用」は何ら根拠がないため、エリート達は「信用」を固める努力をしているということです。
わかりやすくするために「おかず」を例に。スーパーで総菜コーナーに行くと、格安の総菜がいっぱい並んでいます。自分で調理するより安いのでは?といつも思うのですが、使われている野菜が新鮮なのか?産地がどこなのか?などじっくり考えたことなぞありません。そこにはスーパーに対する「信用」というものがあり、スーパー側がおこなっているのは「信用」を植え付けるために努力。信用する方とされる方との関係が車輪のように上手く回転することで、商売が成り立っているのだと思います。
さて、話を元に。資本主義経済の元で、株主をはじめとする「お金持ち」にメリットがあるよう、法律を微妙にねじ曲げたため、「信用」の世界にぐらつきが生じているのが現状だと思います。「信用」のベースは急速な成長なのに、現在は成長スピードが鈍化しているので、いろんなところから膿(うみ)が吹き出している状況。もしかしたら、グラツキが収まらなくなるかもしれないキワドい状況かもしれません。
一旦金融から離れてみることは視野を広げる意味で良い機会かもしれません。いずれにいたしましても新天地での活躍を祈るばかりです。