スイートピー
スイートピーのさやがどんどん長くなってきています。

ちなみに、花びらが少し開いているものがありました。花びらの真ん中にある、ぷくっとした部分が将来花になる部分。

花びらに守られているようにみえる、このぷくっとした部分に自分の子孫を抱えているのです。
スイートピーのさやがどんどん長くなってきています。

ちなみに、花びらが少し開いているものがありました。花びらの真ん中にある、ぷくっとした部分が将来花になる部分。

花びらに守られているようにみえる、このぷくっとした部分に自分の子孫を抱えているのです。
「赤いスイートピー」でおなじみのスイートピー。種はどうやったらできるのだろう、とインターネットを検索していたら、どうやらマメ科の植物らしく、えんどう豆のようなサヤができることがわかりました。
花にばかり目を奪われていたのですが、最初に咲いた花をじっくり眺めていたところ、花に変化が出たのを発見しました。

スイートピーの花の部分から、緑色のものがヌヌッとでてきました。
どうやらこれが豆のサヤになるようです。

たしかに花びらをめくると、種の入った袋がありますが、若い時には花びらと一緒の色をしていました。
成長するに従い、奥に隠れている純な部分がどうやら力強い緑のサヤに変わるようです。
なんだか「赤いスイートピー」の曲に秘められた深い部分を垣間見たような気がします。スイートピーの花は、決してか弱いものではなく、力強い「母」の部分をすでに持っているのでしょう。
今朝はスイートピーを描きました。

今日は絵具を外に持ち出し、色付けをしました。
それにしても、スイートピーの色は深い。蛍光っぽい感じは、とても絵や写真では表現できない。深みに魅せられてしまいました。

小さいけれど存在感がある。この存在感は一体どこからくるのだろう?
連休も後半戦。だらだらしていたら、あっという間に休みが過ぎてしまい虚しさしか残らないだろう、と思い、ガーデニングをしました。
約1時間。夏の花の種を蒔き終わりました。今年はグリーンカーテンの朝顔、ゴーヤに加え、趣き深い「ほおずき」にもチャレンジしてみます。
昨年の冬、百均で買ってきたスイートピーの種。百均の種ってどうなんだろう?と思っていたのですが、見事に花が咲きました。

スイートピーといえば、松田聖子の「赤いスイートピー」を思い出します。「心の岸辺に咲いた赤いスイートピー」。
あの頃は、女性に可愛さ、あどけなさが求められた時代。歌も純愛がテーマです。
風に吹かれ、ひらひら揺れる花を見ていると、チューリップでもスミレでもなく「赤いスイートピー」がぴったりだ、と思えてきました。