収益性の上がるホームページ制作のご提案

限りがあるということ

インターネットで調べものをする際、面白いブログを見つけたら、決まってgoogle リーダーに登録する習慣があります。調べ物の答えがわかればそれでいいのですが、ブログを書いている人のことまでも気になるため。

新しい情報を得たい、などといった理由ではなく、ただブログを書いている人たちと同じ時間を共有しているのが楽しくてリーダーに登録しているだけ。相手に迷惑がかかるかもしれないので、コミュニケーションも取らないようにしています。

さて、ちょっと前、人そのものに興味深いブログを見つけました。

http://narajin.net/

白血病と闘っておられたのですが、今月12日にお亡くなりになった方のブログ。

闘病の合間にブログを書かれていたので、更新頻度は少なかったものの、考えさせられる記事が多く、次の更新が待ち遠しい方でした。

骨髄移植をされたのですが、それによって生が延長させられたこと、そうはいっても完治した訳ではなく、ヒタヒタと迫りくる死を感じつつブログを書いておられること。そんな彼の余生に非常に興味をもちました。もちろん、彼に対し自分の優位性を感じる気などさらさらなく、同等の立場で彼のブログから刺激を受けていました。

死を前にすると、なぜ人は純粋になるのか?

健常な私たちは、有限性を忘れ、常に無限を願っている。「もっとお金があれば」「もっと美しくなりた」の「もっと」は無限性への期待。それら期待は、脳が発達できる人間にだけできる訳で、虫や動物は無限性に思いを馳せることなどない。「もっと」といった欲があるから、理想を追い求め社会は発達したが、どんなに発達しても、無限性を追い求める自分自身は有限である・・・。

彼は、自分が有限であることを私以上に自覚しておられた。わかっているからこそ彼の文章は純粋なのだろう、と思います。

このブログにはtwitterへのリンクがはられているのですが、今年に入り1/3まで書かれていたためか、なんだか、体温に似た生温さを感じました。

そして、日が経つにつれ、次第にその生温さが冷めていくのだろう、そんなことを思いました。

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