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金岡さんからのメール

NHKラジオ第2 6:45から始まる番組

こころをよむ「文学・美術に見る仏教の生死観」

文学、美術、仏教のいずれにも興味があったので、番組が始まる前から興味を持っていました。放送中も日曜朝が待ち遠しく、番組が終わった後も、その日の内容について自分なりに思いを熟成させていました。

そんな中、昨日、講師の金岡秀郎さんからメールが届きました。昨日4月1日はエイプリールフールなので何かのいたずらでは?とも思ったのですが、メールアドレスを見る限り、どうもご本人のよう。

会社のホームページのフォームが壊れたままな上に、HP上で住所・電話番号を公表していないので、連絡先を探すのに苦労されたことが書いてありました。

リスナーがDJ等にメールを送るのが一般的なのに、今回は真逆。ブログを読んでいただたいた上に、感想をいただくとは恐縮です。

早速今朝、返信メールをいたしました。

「おはようございます。

この度は、わかりやすい講座を聴かせていただいた上に
下手なブログを読み、メールまでいただき、恐縮しております。

番組の企画、語り、お疲れ様でした。

番組中は日曜朝を楽しみにしておりました。
教養の一環として仏教を独学していたのですが、
本を読んで理解したつもりでも、なかなかずっしりこない。
自分のものにならない。

そんなときに
美術、文学も興味があったので、
タイトルに惹かれ、番組を聴きはじめました。

テキストを買わずに拝聴した不良生徒なので、
金岡さんのお話をどれだけ自分のものにできたか
わからないのですが、
毎週異なるテーマだったので、
テーマパークでいろんなブースを楽しんでいる気分になり、
番組が終わった今は、
貴重な宗教体験をさせていただいた、と感謝しております。
滝に打たれたり、座禅道場に行かなくても
世界観は広がるのですね。

斬新な切り口でこのような番組構成とされた勇気、
リスナーを惑わせないようにするご配慮、
そして語りかけるような口調。

番組が終わり、恩師と別れるような寂しさがあるのですが、
放送中に紹介された落語を聴いたり、
モンゴルについて調べてみたりすることで、
自分なりの「文学・美術に見る仏教の生死観」を
展開してみたい、と思っています。

どうもありがとうございました。」

番組を聞き終えて、この番組を自分の中でどう生かしていくか、についてなのですが・・・。機会がある毎に「もの」と「こと」との違いを自分自身意識し、さらに働きかける相手に対してもわかってもらえれば、と思ってます。

目に見えている「もの」には、その裏側に「こと」があること。働きがあるから、存在があるということ。

たとえば、悩みを抱えている人が、金岡さんのラジオ番組を聴いたからといって、心が軽くなるとは限らない。ただ、悩みを抱えている方が私の友人であるならば、私が入ることで、心が軽くなるかもしれない。

「悩みを抱えている人」「ラジオ番組」「私」を仮に「もの」とするならば、働きかけが「こと」。

「ラジオ番組」→「悩みを抱えている人」の流れは無理でも
「ラジオ番組」→「私」→「悩みを抱えている人」ならば流れることもある。

ちなみに人は雑草を食べないが、雑草を食べる牛なら食べる。「雑草」→「牛」→「人」。

「こと」であったり「→」であったり、が仏教でいう縁起。諸行無常とは「もの」と「こと」の二面性をわけることが大切、そして「こと」を感じることが仏教のエッセンス、涅槃寂静なのだろう、と。

お悩み相談所を開設したり、人に講座を開いたりする気はさらさらないのですが、この「こと」をいろんな形(談志の落語のような感じ)で伝えられたらなぁ〜、と考えています。

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