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自由と読書感想文

生き延びるための作文教室

生き延びるための作文教室 (14歳の世渡り術)
石原 千秋 (著)

昨日に続き、「生き延びるための作文教室」より。学校の授業で「自由に書きなさい。」と言われたとき、本当に好き勝手な文章を書くと確実に叱られます。「自由に書け!」というからには、何を書いても構わないような気がするのですが、そこに全く自由はありません。著者は、文部科学大臣や文部科学省の許容できる考えだけが、「自分の頭で考える」ことだとも述べています。学校とは一種独特の空間で、道徳的に正しいことしか言ってはいけないなんて息苦しくて仕方ない、と思ってしまうのですが、学校という空間でウソをつくことは学生が「人間」になるための儀式なんだ、と言っています。

自分がウソを書いたと自覚する人とは、自分が自由だと自覚している人だ、といいます。自由に書くことを意識するのではなく、ウソを自由に書くことができることに「自由」という文字をはめて割り切って書けば作文も書きやすくなるのではないか、とおっしゃっておられます。

ふつうではないことの自覚

自由を理解し、道徳的なことを書くことを意識した上で、次に大切なポイントとしてモノの見方と説きます。というのも、当たり前のことを書いてもそこに個性はなく、つまらない文章になってしまうからです。当たり前のことを書きつつ、自分の考えを折り込むことをプロット型というのですが、そういった文章を目指さないといけません。

そのためには、当たり前を思っている自分から少し距離を置いて物事を見なければなりません。

いまの自分とは正反対の価値観をもったもう一人の自分を想定して、そのように想定されたもう一人の自分から今の自分を見てみる

このようにしないことにはふつうの呪縛から逃れることはできない、と著者はいいます。

読書感想文は道徳を書くもの

最近、読書感想文の書き方の研究をしています。読書感想文ってなかなか上手く書けなかったなぁ〜、と思う人が多いと思いますが、形式にこだわりつつ、道徳的なことを折り込まなければならないため。道徳的な育てられ方をした子にとっては簡単なのかもしれませんが、普通の子はなかなか意識できません。「本を読んで自由に感想を書け!」というから難しくなって自分には書けない、と思うような子がでてくる訳で、正義、勇気、愛などといった枠を決めてしまった方がむしろ書きやすいのではないか、と思いました。

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