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モノからコトへのパラダイムシフト

幼児教育をやりたいのでエッセイ書いています

今の商売が嫌になった、という訳ではないのですが、いつかチャンスがあれば幼児教育関係の仕事を立ち上げたいなぁ〜、と思っています。

今はプランを練っている段階。ただ、この妄想している段階が一番楽しくて、いざ実現に向けて行動に移すと問題だらけでつまらなくなってしまうのかもしれません。

ただ、教育に関し思っていることを忘れないようにするため、教育関係に関し、エッセイを書いています。日記もそうなのですが、考えていることを文字にすると、漠然と考えていたことがはっきりくっきりしてきて意外に面白いです。

ブログで書いていることは人の目にさらすことを前提に書いているので、泥臭いことを書かずスマートな人間に見られるようにテーマを絞って書いているのですが、人とはいろんな考えをもった複雑なもの。エッセーでは、そういった部分をさらけ出すことで、自分を、そして人を考えるためのキッカケになれば、と思い結論を急ぐことなく書いています。

今回書いたのは「習い事」。

習い事って、だいたいはつまんないものなのですが、どうしたら続けられるのか、について考えてみました。

自分は子どもの頃、習字と公文をやっていたのですが、嫌々行っていた割に長く続きました。

エッセイではその時の気持ちと、続けていて大人になってから良かったのか?などを書いてみました。

エッセイ

今は好きなことをおもいっきりやらせる事が正しい、と言われている時代ですが、好きなことをで、しかも社会的に認められることを好きな子って奇特な存在だと思います。

例えば、小学生なのに大学レベルの数学が出来る子。ピアノがプロ級に上手い子。

そういった子は特殊な才能に恵まれた子で、アスリート選手と同じく才能に恵まれた子です。

普通一般の子は、習い事なんて楽しい訳がありません。友だちと遊んでいるか、家でゴロゴロテレビやマンガをやったり、ゲームをしていた方が楽しいのです。

習い事の教室には仕方なしに行くので面白くありません。その点、同じようではありますが学習塾の場合は学校のテストの点数を上げる、という目的がはっきりしているので諦めもつきます。

そんな訳で習い事の場合には目的がはっきりしないので、親も子も別にやらなくてもいいのではないか、といった気持ちになりついつい辞めてしまうのです。

モノからコトへのパラダイムシフト

日経平均株価は上昇しているのですが、富山、とくに私の周りでは浮いた話がありません。もしかしたら、数年前北陸新幹線開通による小さな特需があったのの反動がきているのかもしれません。

ただ、景気というと売上がいくら上がったか、といった面にばかり注目がいくのですが、そういったものだけで世の中をあらわすのって古い考えではないか、と思っています。

経済指標などは確かに大切な数字ですが、それで全てを表せるか、と言えばそんな訳はありません。モノに注目しそれを数値化することは、客観視しやすいというメリットがあるのですが、モノで全てを表現できることは限らないからです。

モノとは別の次元にコトという概念があり、成熟している今は、コトへとシフトしているような気がしています。

例えば、今の時代は学歴よりも何をしてきたか、が問われるような時代になってきました。学歴=モノ、キャリア=コトと考えるとわかりやすいか、と思います。

学歴がいい人材の方がハズレは少なそうだが、それよりも高いレベル、いや違う次元の人材を企業側は欲しがっている、というのが本音のところ。

車を持たない、というのも、モノからコトへのシフト。移動だけの手段だと考えれば、高級車を買って見栄をはる必要などありません。

そう考えると、コトの時代はいい時代のようにも思えてくるのですが、モノからコトへとシフトすることで困る人たちもたくさんいます。モノの時代の考え方しかできない人は、見栄をはること、権威を示すことで、金も人気も手にしたいからです。

さてさて、こういったパラダイムシフトの考えがなぜ浮かんだか、といえば、習い事のエッセイを書いていたことにあります。

習い事の多くは、レベルごとに級や段があり、それらが上がることがモチベーションになって頑張ったような記憶があります。

嫌々やっていたが、段や級は上げたい。

逆に嫌々やっているので辞めたい、といった選択もあったのですが、なぜかそういった気持ちにならなかった。級や段といったモノの力が私を突き動かし続けたのだ、と思います。

考えてみると、アスリートも勝ったり、記録が伸びたりすることが目標にあるからこそ、辛い練習に耐えられるのかもしれません。

モノからコトへのシフトと書きましたが、コトばかり重視しすぎるのは楽な方へと流されるので最終的に何も残らなくなる。

モノ本位から、モノ+コトの共存の時代へとシフトしている、というのが正確な言い方かもしれません。

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