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末期がんで死ぬということ

久々の献血

昨日、久々の献血に行ってきました。振り返ってみると、今年は年初から何かに追われているような大変な年となりました。今もまだ、出していない年賀状を書くことができていない状況です。献血に行くぐらいなら年賀状を書いたら?と思われるかもしれませんが、年賀状を書き出すことによって、あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃ、と焦るのが恐いので、あえて現実逃避したくなるのです。

現実逃避をしたいなら酒でも飲みにいけば?と思われるかもしれませんが、そこまで羽目を外す勇気もない。それよりもちょっと非日常的な空間で、誰にも邪魔されず一人になりたい。そんな場所を探したら、献血ルームしか浮かばないのです。

親のおくり方

献血の際に読んだ本がこちら。

親のおくり方
根岸 康雄 (著)

著名人がどうやって親を送ったか、書かれている本です。自分も親を送って半年しか経っていないため、妙に共感して、献血の椅子にもかかわらず涙を流してしまいました。インタビューを受けられた方々は独立心が強いため、親とベッタリという関係ではないのですが、親と一緒に暮らしたことがそれらの方々に影響を与えている、というのは伝わってきます。人間の親というのは、動物のように産んで育てるだけではなく、思想そのものに影響を与えることが伝わってきました。

末期がんで死ぬということ

この本の中で末期がんについて書かれているコラムがありました。私の父の場合、9月にがんの告知を受けたのですが、ステージの告知や、末期がんの宣告はありませんでした。父も私も告知がなかったので、死を意識することなく、普通の生活が送れていたんだろう、と思います。12月の半ばには、食べられない、といって1週間ほど寝込んでいたのですが、進行が進んでいる、とは思わず、単に抗がん剤の副作用と思っていました。そして抗がん剤が効いてくれば症状は改善される、と思っていました。

私がお世話になった病院がたまたまそういう方針だったのかわからないのですが、がんの宣告を受けた際から一貫して先生は、悲観的なことはおっしゃいませんでした。病院慣れしていない私がいけなかったのかもしれませんが、もう少し突っ込んで治る可能性を聞いてみなければならなかったのかもしれません。

不動産の権利書を置いてある場所を聞いたのは、亡くなる4日前。家のお宝の場所を聞いたのは亡くなる前日。寿命は長くはない、と思っていたのですが、そんなに早く亡くなる、とは思ってもみませんでした。

父は食欲不振で家で1週間ほど寝たきりになったのですが辛そう、といった感じは全くありませんでした。元気はないのですが、意識はしっかりしている。インフルエンザで高熱に冒されている人の方がよほど辛い、と思います。30日の夜には血を吐いたのですが、それも病院で自分でトイレに行き、そこで吐いています。喀血というと、ベッドの上で血だらけになるようなイメージを持っていたのですが、二日酔いで吐くよりも自然な感じなのには驚きました。

末期がんというのは名前だけ聞くと恐ろしそうに思えるのですが、本人は楽な上に、周りにあまり迷惑を掛けない楽な死に方なのではないか?私も死ぬなら末期がんで死にたいなぁ、とすら思っています。

父がなくなってから多くの方がいらしてくださいました。その中にステージ2の胃がんがみつかり、胃を全摘した方もいらっしゃいました。ものすごい痩せられて気の毒にみえたのですが、趣味で楽しんでおられる、という話をうかがいました。

意識がしっかりしている、というのは、不自由や外見の惨めさこそありますが、それほど辛いことではない、と思います。がんを患うことによって、今までできていたことができなくなる寂しさはありますが、自分をじっくり見つめることができる時間なのではないか?と思います。

できないことが増えれば増えるほど、自分がやりたいことが見えてくる。不自由になればなるほど、真の自分が見えてくる。

がんで死と向き合う一時とは、そんな人間らしい時間なんだろう、と思います。

親のおくり方

献血の粗品

今回の献血の粗品です。予算が削られいるのか、品が寂しくなっているのは残念です。正直なところ、こういった部分は民間に委託した方がアイディアをたくさん出してくれるのではないか?と思ってしまいます。粗品狙いで献血に行く訳ではないのですが、粗品が充実しないことには献血に行くペースが上がらないのです。

献血の景品

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