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四十九日法要は葬式よりも大変な行事と思っておいて間違いない

四十九日法要、納骨が無事終わりました

先週の日曜、父の四十九日法要と納骨を終えました。1週間経ち、周りの人からはこれで少しホッとしましたね、と言われるのですが、疲れだけが残っていてホッという感覚がまだ起きません。正直なところ、四十九日法要をナメていました。四十九日法要は葬式よりも大変な行事です。

何か大変だったか、金銭面、体力面、精神面で書いてみたいと思います。

四十九日法要は金銭面で大変

葬儀を終えた後、父の周りを整理していたら母の葬儀の際にいくら費用がかかったか書かれているノートを見つけました。四十九日法要のお寺さんへのお布施はいくらぐらいだろう、と調べてみたところ、自分が想定していた金額よりはるかに多く愕然としました。私の場合には、四十九日法要と納骨を同じ日にしたのですが、呼び名が違うことの意味をようやく理解しました。次の日、慌てて銀行にお金をおろしに行きました。

さてこのお布施ですが、住職にお経を上げてもらうための費用と考えがちなのですが、どうやら意味が違うようです。お寺や本山への寄付行為のようで、物や財を施す財施行為に由来しているようです。となると、お布施はキツいなぁ〜、と思うぐらいの額はむしろ適正金額といえるのかもしれません。

宗教団体の方に壺を買わされた事件が以前にありました。その時はなぜ壺なんだ、と思っていたのですが、財施行為と結びつけるとカラクリがわかってきます。壺を買うから幸せになれるのではなく、壺は財施行為のシンボルと位置づけられているんだと思います。

四十九日法要は体力面で大変

四十九日法要は家族だけで行ったのですが、それでも体力面が辛かったです。父の病気が発覚した昨年9月頃から仕事が暇になり時間に余裕があったのですが、今月に入り非常に忙しくなってきました。当初、神さまが父への親孝行の時間をプレゼントしてくれたのだろう、と思っていたのですが、同業者も秋頃から売上がガクンと落ちた、と話していることより看護の時期が全体的に低迷期だったんでしょう。

仕事の傍ら、準備や掃除をやりました。大掃除並みに床拭きをしながら、誰に見せる訳でもないのに一体何をしているのだろう、とふと考えたりしました。死んだ父のため? お経を上げてもらう住職のため? はたまた自分のため? いろいろ考えていると苦しくなり、苦しさから逃れるために無心で磨いていました。

また、花や供物の段取りも大変です。法要当日は予定表を書いて分刻みのスケジュール。法要2時間前に洗車をしていました。四十九日がある、とわかっているならもっと早めに準備しておけば、と思われるかもしれませんが、仕事を優先させなければならないので、時間の余裕がないのです。

四十九日法要は精神面で大変

体力面と重なることが多いのですが、精神面でかなり辛いです。準備をしている最中も週明け納期の仕事が次々と入る状況。お葬式の場合は皆も同情してくれるのですが、四十九日法要の準備で忙しい、なんて言い訳になりません。

また段取りを喪主自らが決めなければならないのも辛いです。お葬式の場合、業者さんが全て仕切ってくれるので正直なところ、楽です。

細かいことでわからないことがあるのに聞く人が周りにいない、というもの辛く寂しいことでした。例えば、お寺さんにおえそくとどら焼きを準備したが、これらを何に入れて渡せばいいのか?といったような下らない疑問です。最近はネットでググれば何でもわかるのですが、こういったどうでもいいレベルの疑問は書いてありません。果物は近所のフルーツショップで購入したのですが、引き取りに行くついでにそこのおばちゃんに細かい疑問を投げかけました。

いい歳こいてそんなことも知らないのか!と呆れられましたが、おばちゃんにいろいろなことを教えていただき本当に助かりました。日頃から年配の方で何でも相談できる人を作っておいた方がよさそうです。

四十九日法要後も大変

法要を終えた後、すぐに仕事に戻る予定だったのですが、疲れ果てたのでそのまま休むことにしました。葬儀の後、止めていた酒を久々に飲みました。四十九日法要前、いろいろな方、特に女性の方から励まされていたのですが、その意味がようやくわかりました。葬式のオマケぐらいにしか思っていなかっただけに、こんな大変な行事とは思っていなかったです。

お葬式は親戚の方にお集りいただいのですが、四十九日法要は家族だけとしたので、翌朝は親戚の方々宛てに手紙を書きました。電話で済ませるのは失礼だし、わざわざ挨拶に行くと却って気をつかわせてしまう。そうなると手紙が一番、と判断したためです。

コピー用紙にパソコンの印字では失礼に当たろう、と思い、和紙の便箋に万年筆で書くことにしました。ちょうど実家の自分の部屋を掃除していた際、高校入学の際のお祝い品と思われる万年筆が出てきたので、それで書くことを予定していました。ただ、当日の朝、カートリッジを詰めよう、と思ったら、使用済みだったのには愕然としました。

万年筆

結局は仕事の際、イラスト描きで使うTooのMULTI LINERを使用しました。和紙なんて紙質だけだろう、と思いつつ書きはじめたのですが、ペンの走りがいいのには驚きました。便箋と封筒で900円ぐらいするものなのですが、きちんとした手紙を出す場合には絶対にオススメです。紙質はもちろんのこと、背筋がピンと伸びるような感じになり、書いていて気持ちよくなります。

和紙便箋

喪主は悟りを得られる

喪主は悟りを得ることができる、と昔、何かの本で読んだことがあります。頭の中で何となく理解していたのですが、実際に体験してみてその意味がわかりました。同じ家族でも喪主と喪主以外では重みが全然違います。

なぜ生きるのか、といったベーシックな問題は当然のこと。日頃行かないお花屋さんやお菓子屋さんで買い物をしている際には、商売の基本についてハッと気づかさせられることが多々ありました。

また、この間、忙しくて本を読むことはできなかったのですが、「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」には慰められました。たまたま図書館で借りることができたのですが、辛い気持ちを癒してくれました。藝大生もすごいが、著者の二宮敦人さんの文章がいいです。

最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常

資本主義という世界の中に浸かっていると資本主義の物差しでしかモノを見れなくなってしまうのですが、その外側に楽しい世界がある、と気づかせてくれました。私が今回、四十九日法要に必要以上に燃えたのは、そんな藝大生に感化されたからかもしれません。四十九日法要なんて坊主に金払って・・・、と思っているアナタ。資本主義という見えない思想に飼い殺されているのかもしれませんよ。

芸術といえば、葬儀から四十九日法要の間、チャイコフスキーをよく聞きました。毎週日曜朝、NHKラジオ第一の皆川達夫さんの音楽の泉を聞くのが楽しみなのですが、法要当時の準備に追われている時にカーラジオから流れたのが「ピアノ協奏曲第1番」でした。

感情をかきむしられるようなベートーベンや、楽しい気持ちにさせてくれるモーツアルトはどうも馴染めない。チャイコフスキーは自分の感情にぴったり合いました。四十九日を終えたこれからは、少しずつ聞かなくなるかもしれませんが、後々、どこかでチャイコフスキーを耳にしたら、四十九日間を思い出すような、そんなメモリアルソングになるような気がしています。

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