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2018年 初詣一人歩こう会

おめでとうございます

2018年おめでとうございます。

今年は喪中にあたることより、「あけまして」をつけてはいけないそうです。

個人と会社で人格が違うので問題ないような気がするのですが、あえてつけないでいきます。

喪中ということで、毎年恒例の神社回りもなんだか気合が入りませんが、4社回ってきました。

延命地蔵尊

毎朝、水をいただいているお地蔵さま。

いつも掃除されている方がいらっしゃるのですが、今日も変わらずにお世話をされていました。

延命地蔵尊

雨がひどいので少し止むのを待って7時に出発。

今年、会社の近くにあった北陸銀行向川原町支店がなくなります。

北陸銀行向川原町支店

驚いたのは、支店名がすでに変わっていること。

北陸銀行向川原町支店

なんだか乗っ取られたような気になりました。

近所で商売をされている人たちの話題は、銀行取引をどうするか、ということで持ち切り。

銀行をやめて郵便局をメインにしようか、という方もいらっしゃいました。私のところみたいに小口の取引がなくなっても影響がないはずなので、私も他の銀行に切り替えようか、と迷っています。

日枝神社

中央通りを抜け、日枝神社に向かいました。

中央通り

こんなに暗かったかな? と思ってしまいました。

小径を抜けて日枝神社に到着。

日枝神社

7:43で人が並び始めました。

帰りは総曲輪通りを通りました。

総曲輪通り

西武百貨店跡地に建設中のマンション。

中教院

喪中なのでいつものようにいろんな神社を回るのは止めよう、と思っていたのですが、帰り道、中教院が目に入ったので立ち寄ることにしました。

中教院

後継者不足なのでしょうか? テントもなく、お供えもありませんでした。

さて、神さまはいるのか?という疑問があります。

どんなに科学が進んでも生命をつくれない、という意味では、何か偉大なものがいて世の中を支配しているのだ、という意見があります。

確かにその分野は、科学がいくら進んでもわからない部分だろう、と思います。

ただ、そういった偉大なものを神だと思い、それに感謝する、というアミニズムは雲をつかむような感じがしてピンときません。

その点、神社参りの際の神様は、神さまがいる、と仮定した上で、お願いしに行くスタイルのため、より具体性があります。

神さまがいるのか、疑うと罰があたりそうなので、疑うことは許されない。

また、初詣の際には、多くの方が神社に向かうので、自分も他人に合わせておこう、と考えるのです。

さて、正月になると神社に行かないとなんだか気まずい、という気分になるのですが、実はそのふと思う気持ちが信心というものでして、そういった気持ちが一番大切なのです。

神社に行ったらご利益がある、と思うのは、信心の先にある人間の穢れた感情です。

人は、きれいごとだけでは生きていくことができません。どうしても穢れた心が必要です。

ただ、穢れた心は、自分の中でどんどん増殖していくため、神というのを想定して軌道修正してもらわなければなりません。その軌道修正の作用をしてくれるのがおそらく信心なのだろう、と思います。

神社にわざわざ参りにいかなくても、信心を感じ取ることができれば、それで神と触れ合うことができると思います。

私の場合には、神社に行かないと気まずい、という気持ちを抑えることができないので、参拝することにしています。

於保多神社

日枝神社の後に於保多神社に行きました。学問の神、菅原道真公を祀ってある神社。

参道の横に縁起物売り場があったのですが、場所が移動していました。

家族ずれで参拝にこられた方が前にいらっしゃったのですが、おっかさんが長い間、お参りしていました。

おっかさん以外が手を合わせるのをやめても、おっかさんだけはずっと祈っていました。

その後、その親子が絵馬を書いているのを見て理由がわかりました。一緒にきていた息子さんは中学三年。受験生だったんですね。

神様を祈るおっかさんを見て、ほんのちょっとでもいいので、その息子さんが気まずい何かを感じ取ったら、それは神さまを祈る気持ちよりも尊い気持ちなのではなかろうか、と思います。

神社や神さまというのはそういったもので、自分の中にある清らかな気持ちと見つめ合うためのツールなんだと思います。

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