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2019年初詣 その5

学問の神様 於保多神社

学問の神様 於保多神社は、受験生で賑わう神社。

早朝にもかかわらず絵馬の数が多いです。

於保多神社の絵馬

ちなみに11時ぐらいになると長蛇の列ができます。

受験生は早めにお詣りした方がよさそうです。

於保多神社

今の宮司さんは、文化価値として神社を広く紹介されています。

昔の神社を描いた図は、見ているだけでありがたい気持ちになれますね。

縁起物コーナーが充実しているのも最近の特徴。菅原道真公のおみくじを引いてきました。(300円)

菅原道真公のおみくじ

底の部分のおみくじを取り出したら、家に飾っておくことができるのです。

菅原道真公といえば牛。牛の上にもお賽銭がたくさんありました。

天神様のお賽銭

稲荷神社

稲荷神社は商売の神様

狛犬の代わりに狐がいたり、神社は赤が基調なので気合いが入ります。

外国人の方でしょうか。絵馬といえば自分の願いを書きがちなのですが、No Warには参りました。

於保多神社で参拝を待っている間、後ろの方が神社でどうお詣りしたらいいか、もめていました。感謝すべき、とか、誓いを立てるのがいい、とか。最終的に何でもアリ、と結論づけておられました。

ここでは、神の存在を信じている方と信じていない方につきまして、それぞれどう参拝するのがいいか書いてみたいと思います。

神の存在を信じている方

科学では証明できないことってたくさんあります。特にどうして自分はこの世の中に生きているのか、といった問題は不思議中の不思議。神の存在を意識してしまいたくなります。

そのような方は、神に誓いを立てるのがいいでしょう。例え成就しなくても、それは神が自分のために判断したこと、とさらりと水に流したらいいのです。

神の存在を信じていない方

神なんて所詮人間が作った想像なのだ、といった考えの方もいらっしゃいます。私も8:2の割合ぐらいで神を信じていません。

ではなぜ初詣に行ったり、神社巡りをするか。

昔は、皆がお詣りしているから自分もやらないと罰が当たるかも、少なくともいいことが起こらない、と真剣に思っていました。今はそういった考えから、心の切り替えの場として捉えるようになってきました。

自分中心に世の中を見てしまうと、辛いことばかりが見えてしまうし、何をやってもなかなかうまくは行きません。

たとえば、自分だけが不幸だ、と感じてしまうことがあります。大抵は自分だけが不幸じゃない、と自分を慰めることになるのですが、これは自分中心に世の中を見ていることが原因としておこる思考なのです。

何をやってもなかなかうまくいかない場合、自分のやり方は正しいのだ、と思い込んでいることがあります。他人の忠告を聞かないぐらいならまだいいのですが、私が考えた方法以外に思いつかない、と捨て身でぶつかり玉砕するケースもあります。

自分中心で物事を見たり考えたりする習慣を切りかえない限り、ずっと不幸は続きます。

そんな時に心に余裕がでると、ふと妙案が出て軌道修正することができることもあります。ただ一般的には追い込まれれば追い込まれるほど、聞く耳を益々持たなくなるし、逆にムキになって押し通そうとします。

そんな時、心を切りかえなければなりません。いい音楽を聴く、とか、自己啓発系の本を読む、というのは手っ取り早く切り替えられるのですが、すぐに辛い現実社会に自分を戻してしまう欠点があります。

人と会って悩みを聞いてもらう場合、その場では気持ちが楽になっても、逆にみじめさがクローズアップされて却って惨めになったりすることがあります。

また、気持ちの切り替えを持続させるには、清々しい場所に行くことが一番なのですが、登山をすることで気持ちをスッキリさせよう、と思っても疲れるし、焦っている人にそんな余裕なんてありません。

その点、自分の悪い思考法を切り替える場所として神社は最適。神社は近くにたくさんあるし、お賽銭も10円でいいので、近くて安価な手段といえます。

ただし便利な分だけ、自分の気持ちを入れ替える、といったしっかりとした目的を持っていかないと効果は全くありません。

願いをかける場合ですが、往々にして自分勝手な願いが多いので、一般的には何も願わず、「ありがとう」と感謝の気持ちを持って参拝するのがいいです。

感謝の気持ちを持っていると、他人の忠告を受け入れやすくなるし、自分で自分のことを自然に「ありがとう」と思う自己承認が高まるからです。

ただ、そんな甘ったるい感じではなく、直球でご利益が欲しい、と思われる方は次の方法がいいです。

「他人のために尽くしますから、力を貸してほしい。」こう、祈るのです。

神の存在を信じていないのに、一体誰に頼んでいるのか、と思われるかもしれません。

力を貸してほしい、と祈る先は自分。神社を間にはさんで、自分が自分に祈るのです。自分が自分に祈るなんていつでもできる、と思うかもしれませんが、神聖な場でないと、真剣には祈れないもの。神社で祈った方が断然いいのです。

また、ご利益なるものは、神が与えてくれるのではなく、考え方が変わった自分が与えてくれることを理解しなければなりません。

やみくもに血のにじむような努力するのではなく、考え方を変えれば流れは変わるのです。

その場では解決法が見つからなくても、考え方がほんの少し変わることで世界の見え方が変わり、社会への参加度がぐっと高まります。

自分はうまくいかない、と思っている人を見ていると、自分が輝けば社会のみんなが自分を誘ってくれる、と思っているようなところがあるのですが、順序が逆。他人に満足していただけそうなことで、今自分ができそうなことをさがすこと。これが大切なのです。

事業の場合、社会への参加度が高まると売上につながるようになってきます。信頼度も高まり、益々事業はうまく回るようになりますよ。

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