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絵夢の会カレンダーから哲学的命題を教わる

絵夢の会カレンダーをいただく

昨日、道を歩いていたら近所の方から長細い黄色の袋をいただきました。カレンダーとのこと。

袋には「わ」とマジックで大きく書かれています。

「若林」の「わ」だろうか、などと思いながら会社に戻り、袋を開けてみてビックリ。カワイ?ッと見入ってしまう絵がたくさんのカレンダーでした。

どこか普通とは違うのですが、違うのがいい。一目ぼれしてしまい、家に持ち帰り家でもぼーっと眺めていました。

感性豊か、といえばそれまでなのですが、一言では片付けられない何かがある。その何かを自分自身の言葉で説明したくてぼーっと眺め続けていたような気がします。

絵夢の会とは

絵夢の会とは知的障害を持つ人たちによるアートの活動として2002年春に発足した会です。美術家の川井昭夫さんの指導協力を得て活動されているそうで、2019年秋より、watasiwaというブランドでグッズを開発されているそうです。

絵そのものもいいのですが、グッズ制作に関しては一流のデザイナーによるデザインである上に、高品質な印刷技術を用いることで、商品としての完成度が高いものとなっています。

カワイ?ッ って

カレンダーには、川井昭夫さんの詩が添えられていました。

タイトルは「カワイ?ッ って」

今回の絵を描いた方々がどうして、カワイ?ッと思う絵を描けるのか、を詩の形式でまとめておられます。

彼らは絵画で「私が私である」という哲学的命題を実現できてしまう

哲学的命題って何?と思考が止まりそうになるのですが、少し考えると、彼らには私たちにはできないことができるのだ、と理解できるようになります。

私が私である

私とは何か?

私たちは、私が私であることが理解できず、常に不安に駆られているのだと思います。

私たちは常に不満や不安を持ち続けている存在です。私が私であるからこそ不安を持っている、という考え方もあるのですが、私というのは、そういった単なる臆病な存在なのでしょうか。

仏教では利他という考え方があります。

自分は欲がつきないから、他人のために生きたほうがいい。他人に親切にすることでしか自分を理解できない、という考え方です。

この考え、実践するとなるほど、と思うのですが、逆に自分って他人を通さないとわからないほど理解できない存在なのか、と愕然としてしまいます。

私が私であることが自分でわからないほど不安な存在なのです。

さて、絵を描くことに関しても、常に私たちは他人の存在、人の目を気にしています。

教育が悪いのでしょう。どうやったら納得できる絵を描くことができるのか、という考えの奥底には、常に人に評価されたい、という思いが働きます。

自分の頭の片隅には常に他人と自分を評価する物差しが存在するのです。

その点、絵夢の方々は、自分が描きたいものを描きます。私たちは、中途半端におりこうさんなので、こうすればカワイ?ッって思ってもらえるのではないか、と計算して描くのですが、彼らはストレートに描くことができます。

だからこそ見る私たちは、なんでこんな変わった絵が描けるのか、と思うと同時に、その絵を通して自分の中に昔はあったかもしれないカワイ?ッって感覚が呼び起こされるんだ、と思います。

そして、

俺だったら、バカにされるの怖いからこんなカワイ?ッって描けないなぁ?。

と頭からバカにするような人たちは、彼らにしかできない「私が私である」世界にはたどり着くことができず、一生他人の目を気にして生きていくことになるのです。

絵夢の会の方々は、絵を通して無意識の自分と自由に会話することができるのです。

人の評価に苦しむ私たち凡人は、彼らだけが味わうことのできる世界がある、と理解した上で、絵を鑑賞することで違う何かが見えてくるような気がします。

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