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わかりやすいはわかりにくい? 臨床哲学講座

わかりやすいはわかりにくい? 臨床哲学講座
鷲田 清一著

先日、「日本語力をつける文章読本 知的探検の新書30冊」という本を借りてきたのですが、その中で最も読みたいなぁ〜、と思ったのがこの本。(ちなみに二番目が「世にも美しい日本語入門」)

哲学というと、どうも言葉遊びをしているように思いがちなのですが、臨床哲学ってのはそういった哲学と違い、現代のさまざまな問題を分析することで、私たちの頭の中に巣食うモヤモヤを見せてくれる本。

『見えているのにだれも見ていないものを見えるようにするのが、詩だ』という詩人の長田弘の言葉を引いて、この「詩」を「哲学」に置き換えても同じことが言える、と著者は言います。

「責任」「自由」「所有」。これらの言葉に関し私たちは他の人の言動をみて、「ああ、こんなときにこんな言葉を使うんだろう」と思っているだけで、実は理解しているようで理解していない。

ここで思考を止まらせるのではなく、一度立ち止まって考えてみること。この「考える」ことのキッカケを与えてくれるのがこの本なのです。

そういった考え方を持ったら何の役に立つのか?と思われるかもしれませんが、頭の中のモヤモヤをすっきり説明でき、自分を律することができるようになる、と思います。

例えばfacebook。

「いいね!」の数を集めようとすると、他人の記事に「いいね!」を押しに行かなければならない。どんないい記事を書いても、友達を持ち上げなければ、その記事は広まらない・・・。

その面倒な呪縛にはまってしまいSNS中毒になってしまうのですが、これが正に「見えているのにだれも見ていない」世界。こういった人間心理を上手く突いたからこそfacebookは、あそこまでブームになった訳です。

なにかモヤモヤするが皆やっているからfacebookを続けよう、と思うのではなく、ちょっと離れてみると違ったものが見えてくる。例えば「facebookにハマる心理状況をセールストークで使うことはできないか?」等と。

環境に適応するために、さらに人との交渉の手段として。臨床哲学は応用の効く学問だと思います。

最後に「所有について」

所有とは、所有するもととされるものの関係が逆転する可能性を秘めている。キレイな子を彼女したものの、彼女のメンテナンスで逆に縛られてしまう・・・といった具合。

結局は所有にこだわる場合、犯罪を犯してまでも絶対的な所有を夢見るか、大変なことを予想し絶対的な非所有を夢見るか、に至るしかない。

前述のfacebookも突き放して考えると、このように行き先はなんとなく見えて来るものなのだろう、と思います。

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